真珠湾攻撃80年

 太平洋戦争が始まってから80年、テレビでも色々と特集を組んでいるようである。番組数・放送時間共にNHKが図抜けて多いが、客観的に捉えているかと言えば賛同できる点は少ない。公共放送と謳ってはいるが、実際には国営放送と言っても過言ではない組織なので、国よりの制作になってしまうのは止むを得ないことか。

 さて、本日のメインともいえる真珠湾攻撃であるが、一般的には奇襲攻撃であると言われている。一部には米国は知っていたと言う意見もあり、私もそのように推測しているが。完全にだまし討ちだと言う意見の方が圧倒的に多いことだろう。
 私が奇襲とはならなかったと推測する根拠は、奇襲攻撃にしては損害が多すぎると言うことである。その後の戦闘に比べれば確かに被害は少ないが、『奇襲』と言うのは相手が全く予想していない時に攻撃する訳だから、完全に奇襲であれば被害は皆無であっても不思議ではないのである。当日は日曜日であるから、多くの乗員は艦や陸上の持ち場を離れて帰宅しているはずである。警報等によって迅速に帰艦等をしたとしても、弾薬庫には鍵をかけているだろから、直ちに戦闘状態に入れるとは思えない。
 第一波より第二波の方が損害が大きいのは当然と言っても良いが、戦闘機が離陸して戦闘に参加するような状況は、事前にそれなりの準備がしてあったということであろう。ドゥーリットルの東京空襲は事前に予想されていたにも拘らず、軍部の怠慢によって奇襲同様の結果となってしまった。真珠湾の殆どの米軍兵士にとっては初めての実戦となった筈であり、完全な奇襲であったならばドゥーリットルの空襲同様に満足な反撃は不可能だったと思われる。
 もう一つ注目すべきは、航空攻撃が始まる前に甲標的が撃沈されていることである。潜水艦が潜航したまま領海に侵入した場合、国際法では攻撃しても問題無いそうである。しかし実際には無警告で攻撃することは無く、威嚇しても浮上しない場合でなければ攻撃することは無いだろう。サハリン上空でのソ連空軍による大韓航空機の撃墜事件は、甲標的の場合と似たようなものであ。米軍は日本軍の攻撃を知っていたからこそ、無警告で撃沈したと言うことだろう。
 では何故米軍は奇襲を知っていたのに放置していたかと言えば、空襲を受けても被害は微々たるものであろうと、日本軍の戦力を軽視していたのであろう。中国戦線での経緯からある程度日本軍の航空戦力を推測していただろうが、軍艦に対する攻撃能力に関しては推測する資料は得られなかったはずである。
 米軍の空母が全艦ハワイを離れていたことも、果たして偶然であったのか、それとも空襲を予期していて退避していたのかどうかは不明である。

 真珠湾攻撃での疑問の一つに、山本五十六の行動が挙げられる。山本は攻撃開始以前に宣戦布告の文書が米国政府に届くよう手配していたと言うが、仮に文書が届いていたとしても結果に変わりは無かったことだろう。ワシントンに文書が届いたところでハワイの状況が激変する訳ではないし、米国政府が国民に発表する際には、日本軍が無警告で奇襲攻撃を仕掛けてきたと言うだろう。このことは山本も想定していたことと思われるのだが・・・
 もう一つ山本に関する疑問としては、真珠湾で大打撃を与えれば米国は講和に応ずると言う判断である。米国通と言われる山本が実際にそのような判断をしたとは思われないのだが、これは真珠湾攻撃を実現させるための手段と言うことであろうか。恐らく山本はそのような事は無いと腹の中では思っていたことだろうし、一時的に停戦したとしても欧州戦線が決着したら、今度は米国が全力で日本攻撃に集中するであろうと思っていたことだろう。

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